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「相手が話してくれないと、自分も話しづらいっていうのはありますよね」
「そっか。恥ずかしいけれどやっぱり、打ち明けた方が良いのかな」
「まぁ、だれかれ問わずではないよね。やっぱり信用できる人、ってなっちゃうと思うけど」
「そりゃわたしだって、誰にでも言うわけじゃないよ! 特にネットなんて、変なひといっぱいいるもん」
「変な人って?」
「わたし、けっこうSNSで夜尿の話ししたりするんだけど、ほんとに、びっくりするような返事かえって来ることあるんだよね。
「えっちなやつとか?」
「そうそう、ぱんつ売ってくださいとか」
「もぉ、やめて下さいぃ」
「ナオミごめん! だからさすがにわたしだって、誰にでもおおっぴろげに話したりはしない、ってこと!」
「そんな人が、いるんですね」
「ああいう人って、おねしょのこと、どう思ってるんだろうね?」
「夜尿症っていう病気にどきどきする、ってことなのかな?」
「病気にどきどきするの? 不整脈とか心筋梗塞でもどきどきする?」
「それはどきどきします。場合によっては救急車です」
「おしっこが好きなのかなぁ。飲みたいとか浴びたいとか」
「そんな世界があるんですね!」
「アンナ、ほんと食付きいいね」
「だって、見たこともない世界って、見てみたいと思いませんか?」
「見なくてもいい世界もあると思います」
ぽこっ。わたしの心の中、さっき沈んでいった気持ちから、不思議な泡が浮かんで、あっ、と思うときにはもう弾けた。でもそれは、何かとても大事な気づきだったような気がして、消えてしまいそうな波紋を、何度も思い出す。
「知らなくてもいい世界。でも、知ったら、世界が変わるかもしれない、そんな」
「エミリー、どうしたの?」
わかんない。でもさっきの泡が、消えてしまった泡が、こころのなかにずっと漂っている。いま手を伸ばさなかったら、きっと二度とつかめないみたいな。
「おねしょの世界なら、わたしたちはよく知ってるけどね!」
知ってる? ううん。わたしはぜんぜん、わたしのことを知らない。みんなと話すなかで、どんどん新しい自分を見つける。そうだ。わたしもっと、自分のことが知りたい。そして、それと同じくらい、夜尿症のことを知りたい。
「もう少し、おねしょに理解がある世界だと良いのかもしれませんけれどね」
それだ。透明な水の中、わたしは大きな泡に顔をつっこんで、思い切り息を吸った。水の中なのに、息ができる。不思議な感覚。つかまえた!
「わたし、夜尿症のこと、もっともっと知ってもらいたい。夜尿症が当たり前の世界にしたい」
三人が同時に、わたしの顔を見た。
「だからわたし、もっと夜尿症のこと話さなきゃ。夜尿症のわたしが隠したら、誰が話せるの」
「夜尿症を隠さない、ということですか」
「分からないけど、夜尿症のこと、もっとみんなが知ってくれたら、隠さなくてもいい世界になるんじゃないかなって」
「恥ずかしくない?」
「恥ずかしいよ。でも、自分のことを話すんじゃなくて、夜尿症、っていうのをもっと知ってもらいたいんだ。わたしのことを知ってほしいんじゃなくて、夜尿症のことを知ってもらいたい。だったら、恥ずかしくてもやれそうな気がする。」
「エミリーなら、できる気がします」
「わたしも、そう思う」
「おねしょを隠さなくてもいい世界、面白いかも!」
深夜のハイテンションで、文字通りハイになっていたのかもしれない。わたしは、なんだかとてつもないことを思いついたみたいで、胸のなかがはち切れそうなくらい、わくわくして、楽しみで、ずっとぼんやりしていた未来が、急に目の前に広がったみたいな、そんなときめきを、噛みしめた。
それから、恋の話とか、芸能の話だとか、ちょっとえっちな話とか、とめどなく続いて、
アンナの二度目のおむつデビューをパジャマの上からお祝いして、長い長い冬の夜、一秒でも長く起きていたかったけれど、誰ともなく、小さな寝息が聞こえ、とても満たされた気持ちで、4人は眠りに落ちた。
翌朝がどうだったか、聞きたい? どうしようかな〜? 皆さんのご想像にお任せ、っていうのはどう? ちなみにええと、わたしは、たぶん皆さんの想像通りです。はい。やっぱり夜尿症、治ればいいのにと思いました。てへぺろ。え? 古い?
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