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 うずくまり、からだを強ばらせ、けれどどく、どく、どく、まるで誰かにあちこちつかまれて揺さぶれているみたいに、全身が震える。

 ぱちゃっ、たたたたたっ、ぴしゃぴしゃぴしゃっ。

 おしりのしたで響く水音が、どうか誰にも聞かれませんように。この姿をどうか誰にも見られませんように。
 からだが軽くなる。布地がまだ熱い。けれど、血の気は引く。またやってしまった。
 校舎に入り左に曲がればすぐトイレがある。まだ授業中だから廊下には生徒はいないはずだと信じ、少女は立ち上がると、振り向かずに駆けだす。トイレに飛び込み、個室に身を潜め、息を殺して次の授業が始まるのを待った。

 大丈夫? 手伝うことはある?
 大丈夫です。ありがとうございます。
 教室の先生には、気分が悪くて保健室で休んでる、って伝えてあるから、ゆっくりしていっても平気よ

 着替えは済ませたけれど、まだ背中を丸めたままパーティションの陰から現れた小出に、保健の先生は優しい口調で声をかけた。
 授業を途中で抜けてしまったのだ、教室に戻ったら何か言われるかもしれない。そう思うとここにいたい気もしたけれど、長居をしてしまうと、もう教室には戻れないような気がして、それに、この半年あまりで、いったい何度、濡れた服を換えるために保健室を訪れたのだろう。もう、高校3年生なのに、わたしはまたおしっこが我慢できなくて、おもらしをして、それで。

 困ったこと、話したいことがあったら、いつでも来ていいからね。
 あ、ありがとうございます。

 素直にはい、と言うことはできなかったけれど、保健室の先生がいつも優しくしてくれるのは、心底、有り難かった。

 ずしり重くなった気がするリュックサック。下着と靴下の替えは持ち歩いていたが、オーバーパンツの替えは用意していなかった。スカート丈はひざ近くまであるが、それでもすぅすう、下腹部がなんとなく、頼りない。
 保健室から戻って教室に入るときが、きっといちばん緊張する。大丈夫だから、体調が悪くて保健室で休んだだけだから。おもらししたなんて、みんな、知らないから。
 こくん、つばを飲み込んで、扉を開ける。
 すいませんでした、ちょっと楽になったので、戻りました。そう、言ったつもりだったが、先生に聞こえていたかどうかは分からない。
 席に着き、鞄を置くと教科書類を取り出す。がさっ、詰め込んだ、濡れた衣類と靴の入ったビニール袋が転がり落ちそうになり、小出はあわててリュックを抑えた。がたん、どこかが机に当たったのか、大きな音がして、びくっ、見れば教室中が自分の方を振り向いた気がした。

 あいつ、また漏らしたんじゃね?
 あり得ないよね、高校生で、何回もおもらしとか。

 教室のどこかで聞こえた、そんな声。
 うそ、わたしのおもらしのこと、知っているの?
 インクを塗り合う何かのゲームのように、こころが一瞬で、暗い気持ちに塗り変わる。息が苦しくなる。寒気にも似た震えが背中でうごめく。もう空っぽのはずの膀胱が、また悲鳴を上げる。
 聞き間違えだ。そう言い聞かせても、一度塗り変わってしまったこころは、元の色には戻らなかった。胸が苦しい。顔が強ばる。またあふれてしまう。わたし、どうして。
 両手で顔を覆う。温かいしずくが、手のひらと、換えたばかりの下着に滲んだ。



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