−4−
「ただいま」
 部屋の扉を開ける。
「あぁ。お帰り。早かったね」
 同居人が出迎えた。
「ちぃも、帰ってたんですね」
「うん、ありぃと一緒にいたくて帰ってきた」
「えへへ、ありがとうございます。でも、あの、まずシャワー、浴びてきていいですか。それと、洗濯と」
「ん。おっけー、分かった。この時間なら、どっちも空いてるはずだから、ごゆっくり」>
 ちぃ、と呼ばれた同居人は、シャワーと洗濯、でありぃ、と呼んだ小出の身に起こったことを察したのだろう。いそいそと部屋着なんてを用意するその小さな背中を、ふせ目がちな笑顔で見つめた。

 小出ありえ、そして同居人こと、然有(さあれ)たちは。二人が暮すのは、郊外の女子学生寮。いわゆるルームメイトとして、同じ部屋で生活をしている。
 小出と然有の他はほとんどが大学生で、二人は寮のかわいい妹分のよう。浴室と洗濯機は寮生共用だが、だいたい誰がいつ使うかは暗黙のうちに決まっていて、特に妹分の二人は、優先的に使わせてもらえているようであった。
 シャワーを浴びながら、持ち帰ったジャージとオーバーパンツ、靴下と下着二枚を水洗いする。シャワーの湯気に混じって、はっきりとおしっこのにおいがする。誰もいない時間で良かった。湯船には、あとでちぃとゆっくり入ろう。
 下着の替えは1枚しか持っていなかったから、結局あれから、濡れた下着のままで過ごした。もしかしたら、においをクラスの誰かに気づかれたかもしれない。やっぱり、わたしのおもらし、知られてるのかな。ざらついた赤黒いインクが、また胸に塗りたくられる。
 水洗いした衣類一式を抱えて、いそいそと部屋着を着ると、今度は屋上の洗濯場を目指す。物干し台は共用で、女子寮だから当然干されている下着はみな女性のものなのだけど、明らかに幼げな下着がしかもたくさん干されていたら、さすがに変に思われてしまいそうで、下着は、部屋に干すことにしていた。
 洗濯機を回して、ふぅ、ようやく一息。部屋に戻ると、小出の好きな甘い香りが出迎えた。
「あ、ハーブティ」
「うん、ありぃの好きなの、淹れたよ。一緒に飲もう」
「はい」

 薄緑色の室内に、白熱灯色の間接照明。小出がこの部屋に引っ越すにあたり、二人で決めた。
 小さな机に、ふたりで身を寄せて、紅茶を傾ける。ほぅ、と小出は甘いため息をもらし、あたまをこつん、と然有の耳元に預けた。
「中学の頃は同じくらいの背だったのに、いまはすっかりちぃのほうが大きくなってしまいましたね」
「ありぃのこと、ぎゅってできるように頑張って大きくなったんだ」
 然有は左腕で、寄り添う小さなあたまを抱いた。
「今日、また学校でおもらししちゃいました。しかも、2回も」
「そうだったんだ。2回って、何があったの?」
「1回目は、体育の時間で、我慢できなくなっちゃって。なんとか、誰にも見られなかったと思ったんですけど」
「うん」
「保健室で着替えて、教室に戻ったら、”あいつ、またおもらししたらしい”って」
「誰かに言われたの?」
「分かりません、聞き間違いかもしれないんですけど。でも、言われたみたいな気がして、それで、すごく苦しくなっちゃって、気づいたら、また」
「そうだったんだ。苦しかったね」
 然有は指先で小出のまぶたをなぞると、それから少しからだを起こし、その桃の薄皮のような頬に、そっと自身のくちびるを当てた。
「やっぱり、おかしいですよね、高校生で、何回もおもらしするなんて」
「わたしはおかしいなんて思わない。誰だってしちゃうときはしちゃうよ。わたしだって危ないことあるし」
「ありがとうございます。ちぃがそう言ってくれるのはうれしい。でも、普通はしないじゃないですか」
 声が、肩が震えている。左腕でその嗚咽を感じながら、然有はくちびるを噛んだ。
「ありぃ、こっちに来たこと、後悔してる?」
「え?」



←前 次→